私は自分の人生を、今の自分を肯定する。ツインレイの運命は自分で決めていた。
記憶が戻ってきて、自分自身の決断をも思い出してきた。
私はツインソウルのときにも前世の記憶を思い出していた。だからといって、運命だとは思っていなかった。
ツインソウルの彼と付き合ったあとに相手が既婚者であることを知った。そのまま、既婚者であることを知った日に別れた。
それから泣き続け、絶食状態になっていた。私は私が許せなかったのである。
私は自分が許せなくて、誰かを責めることもなく、自分を責め続けた。
相手が既婚者であるってことは私は人のものを盗んだってことである。
自分が何も考えずに付き合ったことを後悔した。世のなかに自分を騙す人がいるだなんて思わなかった。
傷ついた。次の恋愛にいくとき、相手が既婚者なんじゃないかっていう不安がよぎった。
だけど、それで相手を最初から疑うのは違う。そう思って、人を信じることにした。私は知らない人を最初から疑ってかかるような人間になりたくなかったからだ。
もし、あのときのツインソウルが私のもとへ「結婚しよう」と、離婚して戻ってきたとしても私は首を縦に振ることはない。
私は、とても傷ついたからである。
私はあのとき、ツインソウルの彼と関係性を続けなくてよかったと思っている。そして、前に進む力があってよかったと思っている。
私は自分が『人のものを盗むような存在』にならなくてよかったと思っている。
私はこの経験による自分の選択を肯定している。
このときの私は彼と結ばれなくてよかったと思っている。私は泥棒猫にならなかった。
ツインフレームの彼は、私とのサイレント期間中にひとりの女性と付き合っている。
その女性はツインフレームの彼にたいして、酷い嫌がらせをしては、彼はEDになってしまったという。
女性は彼へ物凄い暴言を吐き続けたこと。
彼がいく大会の会場に問い合わせてクレームを入れ続けたことなどもあったらしい。
彼に対しても酷いことを言い続けていたらしい。
ほかにも彼のことを片っ端から調べて云々など。まァ、社会的な問題でも色々あったようだ。
彼は家をその時に住み替えた。
彼は社会的地位もあったし、多くのものを持っていた。
彼はその恋愛を閉じたあと、私のもとへ連絡をしてきた。
彼は私へしんどかったこと、そしてEDになってしまったことなど。そんな話をしていた。
それから恋愛が怖くなってしまったということなども、自分には恋愛は向いていない、と。
それでも、私と数カ月だけ付き合って、最後は別れることになった。私が彼のことが好きでい続けてきたことに対して、彼は最後の最後に付き合ってくれたんだと思う。
最後に『もう二度と連絡をしないでほしい。私はあなたのことが好きだから、連絡をもらったらまた好きになってしまうから。』
そう言って私は彼と別れた。
それから私は恋をしなくなった。
私はあのとき、彼と結ばれなくてよかったと思っている。
そして、彼は、ひどいクレーマーだった彼女のもとへ戻ることはないようだ。そもそも逃げてきたからである。
私はこのツインフレームの恋愛による決断を肯定している。私は彼と結ばれなくてよかった。私のことを好きになれない人と結婚しなくてよかった。
私はサイレント期間で、私のサイドストーリーを見ていたような気もする。
だけど、私は過去の恋愛を成就させることはしない。私は過去の自分の決断を肯定している。
不倫をしないと決断したこと、好きではない人と付き合わないと決断したこと。
私はこのふたつの決断を涙を呑む思いでしている。辛かった。好きだったから、嘘つかれていて悲しかったから。
どちらも前世の記憶を知っていたし、テレパシーもある人たちだった。もしかしたら運命だというものがここにあったのかもしれないね。
だけど、私はこのふたりを『運命があったとしても決断をしない』としたのは、そこに私の心がかんでいる。
不倫をして誰かを傷つけるような存在にはなりたくなかった。
私を好きではない人を追いかけて、好きな人を困らせるような人にはなりたくなかった。
私は「なりたくない自分にはならないようにして生きてきた」のである。
道徳的にも、倫理的にも。法律的にも。いろんな意味で、私はなりたくない自分にはならないようにして生きてきた。
スピリチュアルだから、ツインレイだから。そういって倫理を放棄していい理由はないと思っている。
スピリチュアルやツインレイという理由をもって『なりたくない自分になるぐらいならば、そんなものはいらない』ぐらいの感覚で生きてきた。
私は、自分の人生の選択で。何度も『なりたくない自分になるぐらいならば』と運命を捨ててきたように思う。そこの背景に見える『不幸』がちらつくとき、私は必ず手を引いてきた。
私は心ある選択をし続けてきたんだなァと思う。そして、いっぱい傷ついてきたなァとも思う。
今回、自分が『自責の念』というものばかりに集中していて「ありたい自分」を構築すると同時にないがしろにしてきたものがある。
他者が私を騙してきたこと、嘘を吐いてきたこと、私を傷つけてきたことである。
自分の弱さで、私の優しさにつけ入っては攻撃されたりなども、過去の恋愛ではあった。
私は『私がそういう人間にならない』ことばかりに気をおいて『他者がなにをやっていようが気にしていなかった』のである。
だけど、私はありたい自分になれたと思っている。私はその自分の人生を肯定しようと思う。
私は今まで、誰とも結婚しなくてよかったなァと思っている。
それこそ、誰かと不倫もしなかったし、私のことを好きでもない人と結婚することもなかったし。よかったなァと思っている。
そして、私は好きでもない人と結婚することもなかった。
彼くんと出会えたしね、私は自分の人生に後悔がない。
この人生に意味などない。なにをするのかは自由である。どんな自分になろうとも自由である。
自分がもっているナイフが怖かった。誰かを壊すことができる自分が怖かった。
それは再生と破壊なのかもしれないけど破壊を嫌った、繁栄を望む。
そこに心がある限り、私は繁栄していく。破壊をすることない人生を送りたかった。
自分のために何かを壊すことも、誰かを壊すことも傷つけることも怖かった私の人生である。臆病者だったけど、私はとてもやさしかったと思う。自分の感情よりも、人の感情を優先し、世のルールを優先し、自分の立場を弁え続けることが出来た自分を肯定する。
私は『運命に勝っていた』んだなァ。
そして、私は自ら彼くんを『運命』にしてようだ。自分でツインレイは決めていい、いわば、私は『誰を繁栄させいたいのか』を自分で決めることができるまでになっていたらしい。
自分の人生は自分で決める。そういう意味で、私は彼と出会い彼を選んで覚悟を決めている。
「この子にする! あおちゃ、この子がいい!」
彼と私がツインレイになったときである。私と彼はツインレイじゃない、私と彼を運命にしたのは私である。
人の心ってさ、戻らないこともあるんだよ。私は過去に戻れないし、戻らない。
ツインレイの時間が始まりのときまで戻っている。
だけど、過去に戻ったわけじゃない。私たちは前に進んでいる。
過去に戻ってやり直すんじゃない、ひとまわり大きくなった私でやり直したいと思っている。